二人三脚で駆け抜けた4年間:小さなチームが「巨人」と渡り合った日々
部長と二人、全国を飛び回る日々
プログラマー見習いとして入社したはずの私が、気づけば開発責任者の部長と二人で、日本全国のメーカーを飛び回っていた。それが、私の「事業家」としての実質的なスタートだった。
私たちのチームは、文字通り「部長と私」の二人だけ。部長が開発の総指揮を執り、私が企画と営業、そして現場でのセットアップやカスタマサポートまで、プログラミング以外のすべてを担う。今でいう「プレイング・マネージャー」や「プロダクト・マネージャー」の役割を、20代前半の私は無我夢中でこなしていた。
圧倒的なリソース不足をどう埋めるか
当時のライバルは、前章でも触れたテキサス・インスツルメンツ(TI)のような多国籍企業だ。彼らには潤沢な広告予算、洗練されたマニュアル、そして盤石なサポート体制があった。対する私たちは、数ページの手作りパンフレットと、部長が書いたソースコードが入ったフロッピーディスク、そして「何でもやります」という熱意。それだけが武器だった。
勝てる見込みなど、普通に考えれば万に一つもない。しかし、私たちはある一点で、その巨大な牙城を崩し始めていた。それは「現場の痛みに対する圧倒的な対応速度」だ。
「機能」ではなく「解決」を売る
ある大手の自動車部品メーカーを訪ねた時のことだ。彼らはTIの最新システムを導入していたが、ある特定の計測データの処理に頭を抱えていた。マニュアルを読み込めば解決するのかもしれないが、現場の技術者たちにはその時間がない。
私はその場で部長に電話し、仕様を確認した。翌日には、その計測器に特化した修正プログラムを書き上げ、再び工場へ向かった。
「昨日言っていた件、これで解決できるはずです」
真っ暗な画面にグラフが表示された瞬間、担当者の顔がぱっと明るくなった。
高機能な汎用機を売る TI に対し、私たちは「その人の目の前にある問題を、今日解決する専用機」を提供し続けた。技術がわかる人間が営業をやる強みは、ここにある。相手が口にした要望を、その場で「技術的に可能か」「どう実装すれば使いやすいか」まで落とし込んで提案できる。私たちは、ソフトを売っていたのではない。現場の停滞を解消する「仕組み」を売っていたのだ。
泥臭い4年間が教えてくれた「商いの本質」
この4年間は、お世辞にも「スマートなビジネス」ではなかった。夜遅くまでプログラムのバグと格闘し、早朝の始発で地方の工場へ向かう。接待で泥酔することもあれば、理不尽なクレームに頭を下げることもあった。
しかし、この時期に私は「商売」というものの手触りを学んだ。
– どんなに優れた技術も、相手の文脈に翻訳されなければ価値はゼロ。
– 小さなチームは、一点突破のスピードで大企業を凌駕できる。
– 信頼は、マニュアルの充実度ではなく、一対一のコミットメントから生まれる。
この「小さなチームで、知恵とスピードを武器に巨人と渡り合う」という感覚は、現在の SPARX CREATIVE STUDIO のDNAとして色濃く受け継がれている。
そして、次なる冒険へ
部長と駆け抜けた激動の4年間は、私の人生において最も密度の濃い修行期間だった。小さな成功を積み重ね、私たちはその分野で確固たる地位を築きつつあった。
しかし、20代後半に差し掛かる頃、私はさらなる広い世界へと目を向け始めることになる。それは、ハードウェアとソフトウェアがさらに密接に結びつき、ビジネスの規模が数千万、数億へと跳ね上がる世界への挑戦だ。
Founder Principles 2: Agility is your edge. (機動力こそが、最大の武器だ)
大企業にできないことを探すのではない。大企業が「面倒でやらないこと」を圧倒的なスピードで解決し続ける。それが小さなチームが生き残り、勝利する唯一の道だ。